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常に流行最先端や文化をリードながらも、決して流行にこびることなく本物を追求する街。
丸の内や霞ヶ関の中間立地上、情報発信地としても栄えてきました。

銀座は洗礼された高級志向の大人の街。キーワードは「本物」「高級」です。

銀座の基礎知識

銀座について
東京の中心的な繁華街。(高級クラブは主に8丁目近辺)
東京の中心的な商業地。(商業地域は主に銀座4丁目近辺)

明治時代から西洋文化を積極的に取り入れ、玄関口として舶来品が並ぶ。
現在も海外の有名ブランド店や百貨店が沢山あり、高級商店街として発展。
銀座のシンボルとして有名なのは、柳と和光の時計台。


1874年、日本初の街路樹として銀座通りに代表的樹木の桜、松、楓が植えられたが、 元々銀座は埋立地なので、土地に水分が多過ぎて根腐れがおこる。 そこで湿地に強い柳を植えたという。しかし後に銀杏に植え替えられるが、 銀座の柳に対する思い入れは強く寄贈などで柳が復活。今では中央区の木にも指定されている。 ちなみに花はつつじ(さつきを含む)。

時計台
銀座4丁目にある和光の時計台は、 ランドマークになっており、TVなどで銀座関連の放送(お水系)がされるとかなり高い確率で映る。 そのため、地方から上京してホステスになる方は、TVの影響か時計台はクラブ街にあると思いがちだが、 実際は百貨店の多い商業地区にあり、ビックリする方が多い。
銀座とは
銀座のルーツは徳川家康が開いた江戸幕府。

銀座とは、もともと地名ではなく江戸幕府の銀貨鋳造所(銀座役所)の事。
当時の主流通貨幣のうちの、銀貨の製造や検査などをするところだった。
駿府(すんぷ・現在の静岡市)にあったが、1612年徳川幕府が銀座役所を江戸に移転。

「座」とは、貨幣や、度量衡に従う特別な免許品を製造した場のことで、
銀座の他に、金座、枡座、秤座、朱座、などがあった。

1800年の寛政の改革のために、江戸、京都、大阪、長崎にあった4銀座を廃止。
江戸銀座のみ、日本橋蠣殼(かきがら)町に移され再興された。

金貨を鋳造した金座は、今の日本銀行(日本橋)あたりにあったが、
そのあたりを両替町と呼んだ事にあわせ、銀座は新両替町と呼ばれはじめた。
新両替町=銀座と通称で呼ばれ親しまれていたが、やがて正式に町名になる。

上記のことから、銀座はもともと地名ではなく役所の名称。
銀座という地名になったのは1869年(明治2年)です。


参考・・・銀座コンシェルジュ Wikipedia
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銀座ホステスの勤務形態
銀座ホステスのお仕事道具
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管理人 真琴